海沿いだから興奮する

人気急上集中の観光スポット、石川県!

歴史情緒溢れる観光名所

石川県最大の名所、兼六園

大自然の中で育まれて育った名所を中心に紹介してきましたが、次に見ていきたいのは歴史情緒溢れる観光名所についてだ。石川県の歴史はその起源は他の地域に比べると古いという記憶は持っているが、まだ間もない頃は人がいたかもどうか定かではなかった。先ほど紹介したヤセの断崖、その言葉の通りかつてその周辺はあまりに土地として痩せすぎていたこともあって、人の記録を辿るには材料が皆無に等しい状態でもありました。そうした始まりであっても、古代から中世、そして近代に至っていくにつれて独自の文化を構築することに成功する。

中でも一番の全盛期としてあげられるのは中世以降からだろう。特に江戸時代、この頃には石川県の文化は国内でも高く評価されるスポットをいくつも構築しており、古き時代の人々が暮らしていた記憶が多く残されていることでも見て取れるでしょう。

そんな石川県の歴史溢れる建築物として見るべきは、『兼六園』を置いて他にありません。兼六園とは日本三大名園と呼ばれるほど有名な庭園で、江戸時代に建設された中でも最高峰と称される美しさがあるのが印象的だ。今では多くの観光客が必ず足を運ぶ超有名ドコロの観光スポットとしてその名が知られており、四季折々の美しさが介在する雅が訪れる人々の心を優雅に包み込んでいくような、そんな風景が広がっています。

そんな兼六園の魅力を独自視点で紹介していこう。

兼六園の概要

兼六園は江戸時代に作られたものですが、その趣は必ずしも当時流行りだったものだけでなく、様々な時代に応用されていた庭園技術が駆使されて1つの庭園として多くの人を呼び込んでいる。その中でも代表的な庭園の要素としてあげられるのは、『廻遊式』という要素になる。これは寺の方丈や御殿の書院を眺めて楽しむ座観式とは違い、土地の広さを活かして作られた要素が随所に見られるのが特徴だ。

実際その広大な庭園の中には、

  • 築山
  • 巨大な池
  • 御亭や茶店

などがある。休憩どころを何箇所となく作っているくらいに広い庭園となっているので、1日中過ごしてもなんらおかしくない快適空間がそこにあると思ってくれれば、納得する人もいるでしょう。周辺を散策しつつ休憩し、立ち寄りながらも全体を見回して楽しむのが兼六園の楽しみ方になっています。また池同士を結ぶように曲水があり、乗り上げた土で山を築き、多彩な樹木を植栽していることも注目要素としてあげられます。

そうした点から『築山・林泉・廻遊式庭園』という3つの特徴が織り込まれた独特の庭園が完成したと言えるのだ。

庭園に掛けた願い

そんな兼六園はもちろん、当代という1代で作られたものではない。何人もの加賀藩主が趣向を加えることによって、1つの考えに縛られない、それぞれの趣が庭園の中で活かされるように整備されていった。一貫した作庭については思想を統一している部分はもちろんとして、各々の時代の藩主たちが庭園に馳せた願いとは何だったのかが気になるところではないでしょうか。

多くの藩主たちが尽力して構築した兼六園、そこに掛けられた思想は『神仙思想』というもので、不老不死の神仙人が住むと言われる島を配するように大きな池を穿って大海に見立てている。これによって、加賀藩主が今後末永く長寿と永劫の繁栄がもたらされるように思いが掛けられ、庭園にはその願いを投影することでその不死性を唱えたと言われている。一重に歴代藩主たちが加賀藩、現在の石川県を心から愛していたこと、そしてその愛が未来永劫末永く継承され続けるように、人々の記憶に残り続けることを願って造ったということになる。

成就したといえるだろう

石川県の繁栄、というのはあまり連想は付かないものの、藩主たちが遺した庭園に馳せた思いは間違いなく現代の人々に受け継がれている点だけは確かといえるでしょう。その美しさは訪れる人全てを虜にし、何代もの藩主が一つの思想と多種の技術を用いることによって作り上げた、まさしく最高傑作というにふさわしい庭園だ。日本庭園は世界でも高く評価されており、兼六園ではない他の庭園であったとしても、海外からの観光客の心を捉えて離さないと言われているくらいだ。

実際見ていると心そのままに色々なもやもやが消えてしまうくらいの美しさが、兼六園にある。石川県といえば兼六園と応える人は、一度訪れたことがあるからこそという方が多いと思う。情報として知っているだけでもそれはそれで良いですが、やはり実際に現地を訪ねて兼六園という庭園がどんな趣をしているかは肌で感じて、見て確かめるに越したことはありません。石川県最大の観光名所として知られる兼六園、ここを抜きに石川県へ何をしに行ったと言われてもしょうがないくらい価値ある場所となっている。